写真模写-デッサン

写真模写その1 写真模写その2 写真模写その3 写真模写その4

自分の絵で究極に悩んだ時、大きく二つの出来事がありました。
一つは、とある画家の方の絵を拝見した事。
そしてもう一つは、たまたま知り合ったプロの翻訳の方と話す機会があった事です。
どちらも、勝手に私が感銘を受け、勝手に気が付いた事なので個人名は控えさせて頂きます。


とある画家の方をたまたまのきっかけで知ることになり、その方の絵を沢山拝見しました。
なんというか…感動しました。
デッサン力とか色使いは勿論一級で…でもそれだけじゃなく、言葉には出来ない、ただ「良い」というか。。
ともかく、かなりの衝撃でした。
その時は、「すげぇ~や。」としか言えない感覚でした。

そんな中、たまたま知り合ったプロの翻訳家の方と話す中で。
その方曰く、「一日でも言語を喋らないと、アクセントとかニュアンスがズレる。」
と言うのです。
勿論それは素人には分かるはずも無い、若干の事なのでしょうが、それでもネイティブの方には分かってしまうとか。
さらに重ねて、「お金を貰ってるプロなんだからさ。毎日その言語を仕事とは別に毎日欠かさず勉強するのは当たり前でしょ。」
と。

その言葉を聞いたとき、とても自分が恥ずかしくなりました。
自分は絵に対してどれだけやっている?と。。


私には誠に勝手な持論がありまして。
デッサンは、デッサンのためのデッサンであってはならない、と。

多くの方が絵が上手くなる為にはデッサンが必要だ、と言います。
しかし、私はそれに対して異論がありました。
デッサンが与えてくれるものは、見たまま描く力だと。
事実、ただデッサンをやれば良いと教えられ、デッサンを習っていた時、全く自分自身の画力は上がる気配がありませんでした。何か対象を見ないと描けないし…。
同時に、デッサンに集中するばかりに、デッサン的に正しくとも、その人の持ち味というか良さが消えてしまっている人も何人も見ました。

技術としてのデッサン、それは道具であって、それが主では無い。

それが私のデッサンに対しての見解でした。


それから長く、私はデッサンとの付き合い方が分からず、たまにやってみては何の為にやっているか分からず…
自分の作品を描いていました。


突然、急なタイミングでデッサンとの付き合い方が分かった気がしました。

今まで、自分の絵とデッサン、どちらかしかやっていないから何も得られないのだ、と。
当然の事ながら、両方を行えば、自分の絵で足りない部分をデッサンで学び、それを生かせる、と。

そう気が付いてから、毎日写真模写ではありますが、デッサンを自身で行いました。


ちょっとずつではありますが、以前より前に進んでいる気がします。

写真模写やデッサンは学ぶもの。
それ自体が作品ではない、と私は思います。

そう割り切って、描いていますと以前より楽しく、気分が良くなりました。


まだまだ稚拙だが、頑張れるっ!!
やっと進み方がわかったRPGみたいだ…(笑)
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